Re-set

日々の記録と記憶

沖縄のブログ記事

沖縄(ムラゴンブログ全体)
  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史⑦~

    ▶沖縄基地の「現実」 沖縄を知るには、米軍基地の「姿」もカメラに収めておきたいと思った。 目に見える「基地」とはどんなものなのか? それを知らないと、沖縄に暮らす人たちの「基地感情」というものが どういうものなのかを実感できないのでは、と思ったからだった。 いうまでもなく、撮影は金網越しとなるのだ... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史⑥~

     Bー52爆発炎上事故をきっかけに「基地撤去」の声はゼネスト要求にまで高まった ▶分水嶺となった「ゼネスト回避」 あの日、予定通り「ゼネスト」が行われていれば、歴史は変わっただろうか? その答えは、私は「わからない」。 ただ、ひとつだけ、その後現実に起きたことをもとに推論するとすれば、 誕生したば... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史⑤~

    ▶会場は恐怖と怒りで満ちていた 嘉手納村内で開かれた「B-52撤去」の集会(『アサヒグラフ』掲載写真から) こんなにも恐怖と怒りに満ちた集会やデモを見たのは初めてだった。 B52戦略爆撃機が墜落・爆発炎上した日の夜、 嘉手納中学校の校庭に集まった多くの村民たちは、 「逃げ場がない」ことにあらためて... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史 ④~

    ▶また落ちたのか! 昨晩(6月2日)遅く、沖縄うるま市・津堅島の民家近くに 米軍ヘリが不時着したというニュースに、 「またか!」といまも変わらぬ危険との同居を余儀なくされている状況に 怒りを感じながら、書く。 ▶53年前の「その瞬間」 「その瞬間、私はもはや報道人であることを忘れてしまった。 気が... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史 ③~

    ▶初の公選主席選挙に燃える沖縄 沖縄到着早々、危機一髪のところで逃れたとはいえ、 フイルム没収という米軍支配の実態をいきなり味わった私だったが、 この日からほぼ1ヶ月、『アサヒグラフ』の取材を兼ねながら、 離島を含めて沖縄中を駆け回った。 実はこのとき、米統治下となって23年間、 ずっと任命制だっ... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史 ②~

    ▶危機一髪「フィルム没収」 「フィルムを没収する、と必ずいわれる。そのときは大人しく従った方がいい。 抵抗すれば、基地の中に連行されるだけだから・・・」 基地ゲートを固めていた沖縄人警備員が私の脇に来て、小声でささやく。 那覇空港に降り立った私は、 何はともあれ嘉手納基地を見ておきたいとタクシーに... 続きをみる

  • やまと世から50年~私の沖縄復帰前史 ①~

    ▶日本行きには「日本渡航証明書」 『本証明書添付の写真及び✕✕に該当する知念〇〇は     日本へ旅行する琉球住民であることを証明する                   琉球列島高等弁務官』 上の写真は1970年5月6日、 つまり沖縄が復帰する前、那覇市にあった出入管理庁で撮影したものだ。 アメ... 続きをみる

  • ■沖縄が怒った理由、再び

     おかしなことだ。書き換えられた検定教科書のそお内容がそもそも間違っているから、沖縄では11万人もの人々が集まり、抗議の声を上げた。それを11万人が集まれば教科書が書き換えられるのか、という理屈は本末転倒ではないか。 《以下引用》  「中山成彬元文部科学相は五日午前の自民党文部科学部会・文教制度調... 続きをみる

  • ■沖縄が、怒った

     沖縄が怒った。少女が米兵に暴行されたとき(1995年)、アメリカ軍基地や日本政府の基地政策に対する怒りは沸点に達したが、今度は、唯一地上戦となり、甚大な被害を被った「沖縄戦」の、いわば歴史改ざんに対する怒りが、再び沸点に達した。 《以下引用》  「太平洋戦争末期の沖縄戦で日本軍が住民に「集団自決... 続きをみる

  • ■歴史は、変えられない

     9日ほど前の記事が目にとまった。今年3月頃から「なかった」との声が沖縄にも聞こえてきて、そのころ沖縄に滞在していた私は、またまた歴史の「改ざん」か、と思ったものだった。 《以下引用》  「沖縄戦時に旧日本軍が住民に集団自決を命じたとする大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などで名誉を傷つけられたとし... 続きをみる

  • ■今日は、沖縄が復帰して35年目

     (写真は、旧第七心理作戦部隊が置かれていた建物。復帰と共に部隊は活動を停止し、2年後には、部隊そのものが解散した。今は朽ちるに任せたままだ)   35年前のあの日は大雨だった。那覇市の中心街、国際通りには「復帰反対」の声がこだましていた。あれほどまで熱望した日本復帰は、なぜ冷めてしまったのか? ... 続きをみる

  • ■沖縄復帰35年に・・・

     (写真はロバート・マイケルさん。彼は1960年代、沖縄に司令部が作られた第七心理作戦部隊の将校として、さまざまな宣撫工作に関わった。われわれの復帰特番の取材には、彼が沖縄で経験したことの全てをカメラの前で語ってくれた)  今日は、NHKの番組のMAと言う作業があった。ほぼ最終段階に来たということ... 続きをみる